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日記の活動をアピールする気持ち

日記の活動をアピールする気持ちの表れと、気持ちの変化

8月について その2

 去年、祖母が亡くなった。がんだった。がんであることは1年ほど前からわかっていたけれど、抗がん剤などの治療はせずに生活するということを決めていた。亡くなる1ヶ月前は驚くほど元気で、一緒にご飯を食べに行ったりしていた。「なんだ、元気じゃん」と思ったし、彼女がいつか死ぬということについて全くの無自覚だった。

 8月5日から急に体調を崩して入院した。入院した時点でもう手を施すことがなく、あとはゆっくりそのときを待つのみだと聞かされた。一週間ほど経って祖母の親戚が集まり、自分はそのとき初めて病室に入った。彼女はもうほとんど話すことができず、息を漏らすような声でなにごとかを言うのだけれど、その場にいる誰も聞きとることができなかった。眼は少しにごっていて、まばたきをあまりしなかった。手をにぎって、来週僕の人生を決める大事なことがあって、今一生懸命勉強しているところなんだ、と言うと、彼女は目でちょっと笑って、びっくりするほど強く手をにぎり返した。手は乾いていた。あと数日でこの体の機能が全て永遠に失われるなんて信じられない、という思いと、確かに失われるのだろう、という確信が同時に感じられた。

 翌日、祖母は眠るように息を引き取った。葬式の忙しさというのは、残された人たちにとって気持ちの整理にちょうどいい負担なのだろうと思う。カトリックだった祖母の葬式は、その翌日に教会で行われた。自分は何の宗教にも帰依していないけれど、葬式というのは残された人のためのものなのだなと強く感じた。彼女の信じるところへ向かったのだと、自分たちが思えるようにする儀式なのだと感じた。通夜も教会で行われた。会う人はみな、涙を流しながらも穏やかな顔だった。更に翌日、祖母の身体は燃やされ、骨になった。人の身体を燃やすなんてすごいことをするな、そのためだけにこんな大きな施設を作るなんて、人間の文化というのはばかにできないなと思った。人の死をイベントにすることで、自分たちは気持ちを切り替えていけるのだなと思った。骨壷に入れられた祖母とともに教会に戻り、聖歌を歌った。歌は確かに、何かよくわからない力をもっていた。

 

8月に思い出すこと。おわり。