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日記の活動をアピールする気持ち

日記の活動をアピールする気持ちの表れと、気持ちの変化

8月について その1

 3年前から8月がだいぶおかしな月になっている。8月になると、どうしても思い出すことがある。

 3年前に九弦さんという名前で活動していたベーシストが亡くなった。当時自分はベースを始めてまだ日が浅い頃で、彼が放送していたニコニコ生放送をしょっちゅう観ていた。名前の通り9弦ベースを弾く、本当に良いプレイヤーだった。ベースの先生をしていた。当時の自分は、彼のプレイやアドバイスを熱心に聞いて練習していて、コメントを拾ってもらったのがきっかけで、フジゲンの5弦ベースを買うことにした覚えがある。結局一度も彼の顔を直接見たことはないし、彼がこちらを認識してくれていたかも怪しいのだけれど、かっこいいプレイヤーの演奏を間近で観られて、かっこいいプレイヤーの日常も観ることができて、楽しく放送を観ていた。お酒を飲みながら夜遅くまで楽しそうにベースを演奏し語る姿が大好きだった。

 自殺だったらしい。3年前のその夜、九弦さんのお兄さんだというアカウントがTLにあらわれて、弟が亡くなったという話をしだした。意味がわからなかった。情報がツイッターにしかなくて、混乱しながらいろんな単語で検索をかけて、そうしてだんだん涙があふれてきた。嘘でもデマでもなかった。夜中の3時まで泣き続けた。会ったこともない、画面の向こうの人のことでこんなに泣いているのが不思議だった。

 当然もっと彼のことをよく知っている人がいるわけで、生放送を観ていただけの自分が、彼の演奏を生で聴いたこともない自分程度がこんなに悲しむなんて失礼だと思った。でも涙が枯れるにつれて、いちばんひどいのは九弦さん自身じゃないかと思えた。こんなどうでもいい自分すら悲しませることをしたんだ、本当に許せない。絶対に忘れない。

 

 3年前から毎年彼のことを思い出している。そして、だんだん忘れてしまっている。それは自然なことで、とても寂しいのだけれど、彼の演奏はまだ聴ける。

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でもこれは過去のもので、劣化はしないけれどさらに良くなることもない。プレイヤーは生きている限り努力し続けるものだから、彼のキャリアはあれからもっとすばらしいものになっただろう。自ら命を絶った彼は本当にばかでひどい。

 

8月に思い出すこと。おわり。